• 悩み多きわれら、親鸞の教えに「自身」を聞かん

この人生は私が欲したものだ

生きることはつらいな

■今日は傾聴電話の当番日。夕刻、大分市へ向けて車で出発。国道210号線に出た辺りで思った。私は四か月後に古稀を迎える。この歳になって、今さらのように、生きることはつらいなと感じることが多い。傾聴の電話を受けていても、或いは新聞で日々報じられる様々な事件に接していても、つくづくそう思う。
 今日は、元農水省の事務次官だった方が、発達障害に苦しんで家庭内暴力を起こす息子を殺した事件の判決が、実刑六年と報じられていた。よほど切羽詰まったあげくの犯行だったのであろう。他人事でこの報道を読むことはできない。今よく聞かれる8050問題や、老後破壊、老後レス問題は、決して他人事の問題とは思えない。
 親鸞聖人は、「生死しょうじの苦海ほとりなし ひさしくしずめるわれらをば」と言われた。「苦悩の有情うじょう」という言葉もよく使われる。ゴータマ・シッダールタの出家の要因は、「人生は苦である」という認識であったと言われている。『岩波哲学・思想事典』で「苦」について引くと、「仏教においては、苦は、人間が生きていることに不可避的にともなう事実として捉えられている」という言葉があった。この言葉は、単なる事典の解説ではなく、改めて自分のこととして迫ってくる。

私の出生の根本因

■これらのことを思いつつ、また私自身の今の状況を思いつつ、「生きることはつらいな。おそらく死ぬ時まで、このつらさは、終わることはないのだろうな」と思った。その時、ふっと中国の善導の次の言葉を思い出した。
 「すでに身を受けんと欲するに、自らの業識ごっしきをもって内因ないいんと為し、父母の精血しょうけつをもって外縁げえんと為して、因縁和合するが故に、この身あり。この義をもっての故に、父母の恩重し」(『観経疏かんぎょうしょ』「序分義」)
 つまり、私がこのような身として生まれた因は、父母ではなく、外ならぬこの私が、こういう身として生まれることを、過去世の宿業において欲したのだ。そのことが根本因だ。父母は、その因が果を結ぶに当っての縁になってくださった。この因と縁が和合することによって、私は、こういう身としてこの世に誕生したのだ。父母の恩が重いのは、その縁になってくださったというところにあるのだ、と。
 これは、善導の大きな自己発見の言葉であろう。私は、善導の詳しい生い立ちは知らぬ。だが、これはあくまでも推測だが、こういうことを書かれたということは、善導においての長年の解けぬ問題として、自分の出生に対する恨み、また、その原因を作った父母に対する恨みがあったに違いない。その解けぬ問題を抱えておられた善導が、仏法に尋ねることによって、自分の出生の原因は、実は父母ではなかった。外ならぬ自分自身が、過去世の宿業において、自分自身の出生を欲したのだ。それが、自分の出生の根本因で、父母はその縁になってくださったのだ。このことを発見された時の善導の驚きと、喜びの大きさが、この言葉から、伝わってくるような気がするのである。
 それは、善導だけではない。親鸞聖人も、恐らく同じ問題に苦しまれたに違いない。そのことは、『教行信証』の「行巻」に、善導のこの言葉を念頭に置かれて、この言葉と重ねるかたちで、自己の往生の内因は「信心の業識ごっしき」、すなわち宿業の自覚であり、自己の往生の外縁げえんは光明と名号である。この内外ないげの因縁和合することによって、「報土ほうど真身しんしん得証とくしょうす」と書かれたご自釈の言葉を読めば明らかだ。

枯れ葉をまとってでもいいから人間に生れたい

■自分の出生の因は、父母ではなく、自分自身の意思だというこの教説は、北陸地方の真宗門徒の間では、一つの説話として語り継がれてきたという。このことについて、かつて林暁宇はやしぎょうう師が、法話で話されたことがある。私は、その法話を直接聞いたわけではないが、妻がその法話を聞いて、私に話してくれたことがある。もうだいぶ前だが、私はそのことを『心光寺定例聞法会便り』に書いたことがある。それは、次のような文章だ。

■「もう二、三年前のことになりますが、宇佐市にある勝福寺の聞法会から帰った妻が、『今日の法話の中で、講師の先生(林暁宇師)がこんな話をしていたよ』と言って、次のような話をしてくれました。  
 【 私たちは人間に生まれる前に、一人一人仏様の前で、「どうか人間に生まれさせて下さい」と手をついて懇願した。すると仏様は、「人間に生まれても楽しいことばかりではないぞ。むしろ苦しいことの方が多いのだぞ」とおっしゃった。そして「もしお前が人間に生まれたら、こういう苦しいことが待ち受けているが、それでも人間に生まれたいか」と言って、一人一人に、今の私たちの一生涯の全てを観せてくれた。それを観た私たちは、「それでも構いません。たとえ枯れ葉を身にまとってで、又泥水をすすってでもいいですから、何としても人間に生まれさせて下さい」、こう言ってひたすら頼んだ。こうして生まれてきたのが私たち一人一人なのだ】
 私は、今もこの話が強く印象に残っています。どうしても単なる作り話とは思われません。私たちが持って生まれてきたいのちの深い真実を言い当てて下さっているお話だという気がしてなりません。  
 私はこの話を聞いた時、とっさに、蓑虫のように枯れ葉を身にまとった人の姿と、仏様に手をついてお願いしている人の姿を頭に思い浮かべました。するとその姿が、目の前にいる妻や、それを聞いている私の姿と重なりました。それを話す彼女も、間違いなく、仏様にそう頼み込んで生まれてきたに違いない。また、それを聞く私も、そのようにして仏様に頼み込んで生まれてきたに違いない。しかも、私たちが今遭遇している出来事の全てを、一切合切承知の上で。にもかかわらず、生まれたとたん、そのことはすっかり忘れてしまったのだ。そういうことに気付かされました。  
 この話は、私に深い感銘を与えます。そして、私が人間として生まれてきた原点に立ち返らせてくれます。私は、一体何の為に人間に生まれてきたのか。楽をする為か。そうではない。たとえ枯れ葉を身にまとってでもいいから、人間に生まれたいと強く願ったのだ。また、この私の人生は、既に生まれる前に、全て私の承知していたことなのだ。
                        (2001年9月号『心光寺定例聞法会便り』)

法蔵菩薩としての私の誕生

■だいぶ前に書いた文章だが、ちょうど「生きることはつらいな」と思っている最中に、私は、かつて林暁宇師が話されたというこの説話を思い出したのである。そして、こんなことを思った。
 「そうか。今、私は、生きることはつらいなと思っているが、これは、私自身が、生まれたらこういう人生になるということをすべて承知の上で、それでも生まれたいと願った結果なんだな」
 「でも、今の私は、生きることがこんなにつらいなら、いっそ生まれない方がよかったと思っている」
 「そうすると、この人生を私が欲したというその私とは、生まれてからの私ではないのだな。生まれる以前からこの身体の中に植え込まれていたところの深い私、すなわち先験的な自己なんだな」
 「その先験的な自己は、私だけにある個人的なものではないな。一切衆生の中に平等に流れている魂なんだな。『大無量寿経』は、その魂を法蔵菩薩の物語として説いてくださったんだな」
 「今、私は、生きることはつらい。こんなにつらいなら、いっそ、生きることを終わりにしたいと、気持ちが折れそうになっている。けれども、この人生は、他ならぬ生まれる前の私が欲した人生なんだ。だから、どんなにつらくても、決して投げ出さずに、最後まで責任をもって生きていくんだ」
 「でも、今私にこういう思いが起ったのは、生まれてからの日ごろの心で生きている私が、そう思うのではないな。生まれる以前からの深い私、言いかえれば法蔵菩薩としての私が、日ごろの心で生きている私の底から現れて、そう思うのだな」

■このような思いが、次々と湧いてきた。すると、つらい状況は少しも変わらないのに、見える風景が、だいぶ変わってきた。不思議な経験だった。これは、私にとって初めての経験であり、喜びでもあった。
 パウロは、「我もはや生きるにあらず。キリスト我において生きるなり」と手紙の中で書いている(『ガラテヤの信徒への手紙』2-20)。これになぞらえて言えば、「我もはや生きるにあらず。法蔵菩薩、我において生きるなり」、こういう心境なのである。 
 生れてからの日ごろの心で生きている私は、「こんなつらい人生なら、いっそ終わりにしたい」と思っている。その気持ちは消えたわけではない。けれども、それと並行して、もう一つの深い私が新たに生れたのだ。それは、生まれる以前から、この身に植え込まれていた法蔵菩薩としての私だ。その私は、「この人生は私が欲した人生だ。だから、どんなにつらくても、決して投げ出さずに、最後まで責任をもって生きていこう」、こう意欲して立ち上がるのだ。

法蔵菩薩がなさる実験

清沢満之きよざわまんし先生は、「わが信念」の中で、他力の信念を「毎日毎夜に実験しつつある」と書いておられる。私に起こったこの人生転換の経験は、ともすれば、生まれてからの日ごろの心によってすぐに飲み込まれてしまいそうなくらい微かな経験だ。まだ萌芽に過ぎないような経験だ。だから、これから日常生活の中で、つらさを感じる毎に実験して、この萌芽の経験を確かめ、育てていかなければならない。
 譬えて言うならば、この微かな経験は、寒風の中にほんの少しだけ芽を出した新芽のようなものだ。放っておいたら、すぐに凍えてしまう。だから、新しく芽生えたこの意欲の萌芽を、ともすれば折れそうになる日ごろの生活の中で、少しずつ育て上げていく。そういう実験を継続していかなければならない。
 そしてこの実験は、実は、生まれてからの私がする実験ではない。生まれる以前からこの身に植え込まれていたところの先験的な自己、すなわ法蔵菩薩が、私の中でなさる実験なのだ。そう感じた。


■生きることはつらい。このつらい人生は、生まれてからの日ごろの心で生きている私では、とうてい生きていくことはできぬ。それで、大悲の阿弥陀仏が、そういう私を放っておくことができずに、、法蔵菩薩となられて、私の生れるずっと以前から、私の宿業と身を一つにされて、「この人生は私が欲した人生だ。だから、私が全責任をもって、お前の人生をいきていく」と、今、意欲して立ち上がってくださったのだ。そう思った。

回向えこうとは

■そういう中で、昨日、朝の勤行の時、和讃の繰り読み中、次のようなご和讃に出遇った。
 「真実信心の称名は 弥陀回向の法なれば 不回向となづけてぞ 自力の称念きらわるる」(『正像末和讃しょうぞうまつわさん』)
 このご和讃を誦しながら、私は、思わず感動した。
 真宗の法話では、回向という言葉がしばしば聞かれる。「ご回向、ご回向」という言葉のオンパレードのような文章に接することもある。私は、前からその言葉に、何か違和感を感じていた。その違和感の内容を分析してみると、まず私というものを前提にした上で、その私が、阿弥陀様から何か結構なものを、何の努力も要せずに戴くことができる。こんな有難いことはない。「ご回向」という言葉に、このようなニュアンスを感じて、それに対して違和感を抱いていることがわかる。
 だが、回向とはそういうことだろうか。これでは、生まれてからの日ごろの心はそのままにして、その心で生きている私に福をもたらしてくれるものを信じる、そういう罪福信仰と少しも変わらぬではないか。
 回向とはそういうことではなく、生まれてからの日ごろの心で生きている私を破って、その私の底から、法蔵菩薩という新しい主体が生れてくることをいうのであろう。すなわち、回心えしんと同じ内容の精神上の出来事を表す言葉だ。『歎異抄』では、唯円は、回心について、次のように述べておられる。
 「その回心は、日ごろ本願他力真宗をしらざるひと、弥陀の智慧をたまわりて、日ごろのこころにては、往生かなうべからずとおもいて、もとのこころをひきかえて、本願をたのみまいらするをこそ、回心とはもうしそうらえ」
 さて、ご和讃の話に戻ろう。「真実信心の称名は 弥陀回向の法なれば」とは、「『なんまんだぶつ』と称える信心は、法蔵菩薩が今までの私を破って、新しい主体となって、私の中から生まれてくださることだ」というような意味である。私がこのご和讃を誦しつつ感動したのは、ちょうどその頃、私は、「生きることはつらいことだ。生きることがこんなにつらいなら、いっそ生まれない方がよかったのに」と感じつつあった時だからである。そのように気持ちが折れそうになっている時、そう感じているのは、生まれてからの日ごろの心で生きている今までの私だ。ところが、その私の底から、『なんまんだぶつ』と、念仏もうさんとおもいたつこころが起る。そのとき、今までの私を破って、法蔵菩薩が生れて、「この人生は、私が欲した人生だ。だから、どんなにつらくても、最後まで責任をもってこの人生を生き抜いていこう」―このような意欲に立ち上がっていく。それが「弥陀回向の法」ということだ。この精神上の転換の出来事を、親鸞聖人は「回向」と教えてくださったのだ。こう感じて、嬉しさが突き上げてきたからである。

念仏がなかったら一歩も足が出ない

■その時、三十三年前に亡くなった母が残してくれた言葉が、改めて思い出された。 
 母は、今から三十三年前、五十五歳の時に末期癌の診断を受けた。余命二箇月との診断だった。私たちは何とかして治したいと思い、知り合いだった元大阪大学医学部教授のM先生の指導される自然療法にすべての望みを託した。妻は、幼い三人の子供を実家に預け、母の治療に付き添う為、大阪市内にアパートを借りた。妻も必死だったのだ。自然療法は、自己免疫力を高めて癌の治癒を目指すというもので、厳格な食事療法と、毎日一万歩以上の歩行が療法の重要な柱だった。胃の摘出手術後間もない母にとって、これは楽なノルマではなかったはずだ。
 ある朝、母は、これから歩き始めようという時、南無阿弥陀仏と念仏をもうしたそうだ。その念仏は、まだ若かった当時の妻にとっては、弱音の言葉のように聞こえたのであろう。それで、妻は、思わず言ったという。「念仏なら、死ぬ時に称えたら」と。すると、母は、「念仏がなかったら、一歩も足が出ない」と言ったという。これは、だいぶ後になって、妻が、泣きながら私に話してくれたことである。
  私は、この話を聞いたとき、こみあげるものを抑えることができなかった。母にとっては、まさしくそうであっただろうと思う。その三カ月後に、母は亡くなっていったのだから。母は、その時、自分の寿命が間もないことを感じていたに違いない。だが、私たちがこの免疫療法を母に勧めた時、母は、「あなたたちがそこまで言うのなら、私の体は、あなたたちに任せる」と言って、大阪に出発したのだった。母は、私たちの為に、治る見込みがないと感じつつ、つらい免疫療法に取り組もうとしていたのだ。「さあ、これから歩き始めるよ」と妻が言った時、母にとっては、その一歩は、まさしく死に向かっての一歩だったはずだ。そのことは、誰よりも母自身には解っていたことだろう。今までの私、すなわち、生まれてからの日ごろの心のままで生きている私に、死に向かっての一歩を踏み出す力があるだろうか。あろうはずはない。
 「念仏がなかったら、一歩も足が出ない」―まさにそうだ。日ごろの心で生きている私には、死にむかっての一歩を踏み出す力などない。念仏のみが、言いかえれば、法蔵菩薩の命のみが、生にも死にも障りなく、われらの生死の身と運命を一つにして、そのすべてに全責任を負うて、未来際を尽して歩んでくださる無量寿の命なのだ。

法蔵魂の発起

■親鸞聖人は、『教行信証』の始めに「総序」と呼ばれる序文を書かれた。また、その終りに「後序」と呼ばれる後書きを書かれた。ところが、『教行信証』六巻の第三巻目に当る「信巻」にも、特別に序文を書いておられる。こういうことは、普通の書にはないことである。それだけ、親鸞聖人は、「信巻」に特別の意義をこめられたのである。後世の学者たちは、この「信巻」の序文を「別序」と呼んでいる。
 「別序」は、「それおもんみれば、信楽しんぎょう獲得ぎゃくとくすることは、如来選択せんじゃくの願心り発起す」という言葉から始まっている。私は、この言葉を読む時、いつも感動するのである。信心を得るということは、いったいどういう出来事が、われらの精神上に起こることなのか。それを、親鸞聖人が、感動を以ってこう書いておられるのである。それは、「如来選択せんじゃくの願心」、すなわち法蔵菩薩が、「どんなことがあっても、お前を捨てずに、身を一つにして歩んでゆく」という誓いを立てて立ち上がってくださった、その法蔵菩薩の願心が、生まれてからの心で生きている今までの私を破って、新しい主体となって、われらの底から発起するという出来事なのだ。
 ここで、「如来選択の願心り発起す」というふうに、「より」という言葉に、わざわざ「自」という字を使っておられる。信心は、如来選択の願心そのものの発起に外ならない。そのことが、この「自」の一字によって、見事に表現されている。信心は、私が主体ではないのだ、如来選択の願心そのものの自ずからなる発起なのだ。私は、如来選択の願心によって、かえって、破られる方なのだ。それが信心を得ることに外ならないのだ。
 そして、親鸞聖人は、われらの上における、その如来選択の願心の発起という出来事を、「一心の華文かもん」という言葉で讃えておられる。法蔵魂が、今までの私を破って発起してくる。それが、インドの世親せしんが、『願生偈』において、「世尊よ、我は一心に、十方を尽して碍り無き光の如来に帰命いたします」と表白されたところの「一心」である。その「一心」が、われらに発起したことは、、われらの一生涯に華が咲いたような希有の出来事なのだというのである。親鸞聖人の感動の大きさが伝わってくる。
 その「一心」を得ることが、言いかえれば法蔵魂を得ることが、われらの一人一人に託されている。それが、われらが人間に生れてきて、どうしても果たさなければならないところの仕事であり、使命である。この為に、われらは、「たとえ枯れ葉をまとってでも、泥水をすすってでもいいから、人間に生れさせてください」と頼んで、人間に生れてきたのだ。
 信心を得るということには、そのような重大な意味がある。それで、親鸞聖人は、「信巻」を著されるに当って、特別な序文を設けられたのである。そして、その中で、次のように記しておられる。
 「ここに愚禿釈ぐとくしゃくの親鸞、諸仏如来の真説に信順して、論家ろんげ釈家しゃっけの宗義を披閲ひえつす。広く三経の光沢こうたくかぶりて、ことに一心の華文かもんを開く」
 このように、ご自身の名前まで名乗って記しておられる。親鸞聖人が、ご自身の名前を名乗って記される時は、つねに、そこに聖人の命となる信念が表明される時なのだ。

これからの時代と法蔵魂

■最初にも書いたように、今の時代、生きることにつらさを感じている人は本当に多い。時代が進むにしたがって、ますます増えてくるだろう。であればこそ、どんなにつらくても、「この人生は私が欲した人生なのだ」と、主体的に受け止めて立ち上がる法蔵魂の発起という経験に触れ、その経験を生活の中で実験していくことが大事になってくる。九十年の苦難の生涯を通して、そのことを実験された親鸞聖人の生き様は、これからの時代において、大きな光をわれらに与えてくださるに違いない。


 


 



 


 

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