• 悩み多きわれら、親鸞の教えに「自身」を聞かん

ブログNo12.「我(が)の迷いは果して消せるのでしょうか?」

【大石法夫師書信輪読会記録No.9「長生不死の神方」よりの抜粋】
(※ファイルの全文はブログの最後にリンクを貼付しています)

■(16頁)()の迷いを軽くみている。その()は久遠劫の歴史をもった底知れないものです。私どもの手に負えるようなものではないんです。

そういう所が南無阿弥陀仏の教えの要だと思います。他の聖道門の教えとそこが違う。けれども浄土真宗の教えでも、いつの間にか聖道門の教えになっていくんですね。そりゃ修行はしないかも知れないけど、聞法によって()を消していけると思うし、消していこうとする。でも果して消せるかということです。

■(19頁)どうしても渡れないならその身を(われ)として生きていく外ないじゃないかと。どうしても渡れないのは、元々渡るのが不可能だったからだ。ところがその認識がないばっかりに、元々無理なことをやろうとして自分を追いつめておったんだと。それは山を動かそうとして自分を追いつめておるようなもんだと。そうしてみると「一種として死を勉れない身」こそが私の帰り場所だ。それが「道」だ。その身に帰っていこうと。そういう出発点に立った。それが「(われ)(やす)くこの道を尋ねて(さき)に向こうて()かん」という決断です。ここが「念言」と「思念」の根本的な違いです。「念言」は今までの自分の延長ですが、「思念」は今までの自分から出てきたものではありません。

■(19頁)ところで一切から見離されて誰も相手をするものがいなくなった時に、一体何が生まれ出ると思いますか。世間の人は誰も相手にせんのです。世界中の人が相手にしない。三世の諸仏も相手にしない。自分も「こんな自分なんか生まれてこない方がよかった」と見捨てているんです。そこで取り残されているのはこの身です。この身が一切から見離されて取り残されて残っています。それが「一種として死を勉れない身」というものです。そういう身についての目覚め、それが新しく生まれ出たものです。またこの目覚めこそが法蔵菩薩の誕生なのです。すなわち新しく生まれ出たものとは、この法蔵魂に外ならないのです。

■(20頁)法蔵菩薩はこの唯除される身と一つになっているんです。ですから唯除の身がそのまま法蔵菩薩なのです。法蔵菩薩は何とかなる者からは生まれないんです。何とかなる者は別に法蔵菩薩が生まれなくても今までの自分の延長線上でやっていくからです。ところが「もう(われ)が出て行くしかない」と法蔵菩薩に呼びかけられている存在が唯除の身なんです。

■(19~20頁)

この決断は私の決断ではなくて、「身の決断」と言った方がよいかもしれません。「われら」の身の深いところに元々流れている決断です。どんな人にも平等に。それが法蔵魂です。呼び返されてそこに帰ったんです。

■(21頁)この仏様は私の中の極重悪人の私を特に選び出し深く信じて下さっています。つまりこの場所はこの仏様によって見出された場所です。そしてその場所でじっと手をついて私を待っておられるのです。ずっと昔から。私はこの場所においてしか南無阿弥陀仏という仏様にお遇いすることはできません。それ以外の場所ではお遇いできないのです。なぜならそれ以外の場所では必ずしもこの仏様でなくてもよいからです。

■(21頁)この身だけは逃げない。つまりこの身のことを南無阿弥陀仏というんです。別ではない。助からないこの身を離れて、どこかに南無阿弥陀仏という仏様がいるわけではないんですよ。

■(25頁)

けれども太田先生は、仏さまが無性有情姓を説いてくださっているから自分の行き場があったと受け止められた。それは無性有情という場所に仏様が居ってくださると感じられたからです。一生涯救われないという場所、もっと言えば永遠に救われないという場所、それが無性有情姓という場所ですが、そこで仏さまが待っておってくださると感じられたんですね。

そういうふうに感じられたということは、おそらくそれまではその場所が怖くて仕方がなかったのではないかと思うんです。怖いということは、心のどこかで、本当はそれが自分の場所なのではなかろうかと感じる自分がいるからです。だから追いつめられるような気持ちがいつも離れなかったのではないかと思うんです。

 ところがそういうふうに恐れていた場所は、実は仏さまによって見出され、呼び出され、与えられた場所だった。仏さまは自分が恐れていたその場所に、先回りして居ってくださって、そこで私を待っていてくださったんだ。仏書の中に無性有情姓が説かれていることに、そういう仏さまの呼び声を感じたとき、始めて「ああ私の居り場所がここにあった」と、やっとその恐れていた場所に帰れたんです。助からない場所に帰れたんです。これが大田久紀先生が無性有情姓の教説に出遇って感じられたことだったのではないかと思うんです。

■(25~26頁)

「いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし」と親鸞聖人は言っておられますが、地獄とか救われない身という世界には、自分からは絶対に行けないです。自分からは恐ろしくてそんな所には行けたもんじゃないです。けれどもね、自分からは絶対行けないそういう場所に、仏様が私に先立ってそこに居ってくださる。「ここで待っとるぞ」と。「あんたをずーっとここで待ち続けておるんだぞ」と。そういう仏様が感じられたらね、自分からはそんな場所には絶対に行けなかった私も、始めてそこに帰ることができるんですよ。これは本当に安堵の世界でね、今までは「頑張れ、それじゃいかんぞ」と、そういう言葉しか聞いたことがなかったでしょう我々は。叱咤激励する言葉。そういう言葉しか聞いたことがなかった。

そういう我々が始めてね、「何をやっても救われない、そういうあなたを待っているんだ」という声を聞いた。これは私どもが始めて聞く声ですね。それが南無阿弥陀仏の「南無」の声です。その「南無」は、私の存在そのものを無条件に受け止める親の声です。真実の親というのはそういうものでしょう。「立派なお前を待ってるんじゃない。どんなにおまえが救われない者であろうとも、そのおまえをこそ私は待っておるんだぞ」と、そういう声なんです。親鸞聖人は「帰命は本願招喚の勅命なり」(『真宗聖典』一七七頁)とおっしゃっておられます。わたしの存在を無条件に迎え取ると呼びかける声のことです。そういう親の声を聞いた時に始めて私どもは、救われない身に帰れるんです。地獄(じごく)一定(いちじょう)の身に帰れるんです。これは私どもの永遠の帰り場所なんです。

■(30頁)つまり計らいがなくなるというのは、実際に計らいがなくなってしまうことではなくて、計らいだらけの自分だということを知らされていくことだと思うんですね。

■(31~32頁)

神様は何で私(ソクラテス)を一番の知者だと言われたのか。それは、本当のことは何一つ分っておらんという点においては、自分もその人たちも全く変りはない。ではどこが違うかといったら、他の人たちは何も知らないのに知っていると思っている。しかし自分は何も知らんということを知っている。唯一違うのはその点だけである。しかし実はそれが一番大事である。それで神様は「お前がギリシアで一番の知者だ」と言われたのかと、やっと了解できたわけです。

ここですね。一番大事なことじゃないですか。自分を知るということですね。計らいも()も同じですね。そんなのは捨てたと。本当かなと。やっぱり()が廃らんということを知る。()しかないんだとね。()しかない点では誰もいっしょなんですね。しかしそのことを本当に知るということは、容易なことではないですね。やはりそこからずれていくんですね。

大石先生は「そういう自己を知れ」ということを繰り返しおっしゃっておられたと思うんです。ところが大石先生の言葉だけ聞くと、「(われ)が消えるんよ」というようなことを言われるものですから、()を消すことが本物だとおっしゃっているようしか聞こえないような面があって、私もずいぶん分からんかったわけですけども…。

大石先生は確かに「(われ)が消えるんよ」と、こういうことをよく言われていました。それで多くの同行さん方は、()が消えなきゃだめだと思っていると思います。実際にはとうていそれに手が届かないのに、その理想主義だけは持ち続けているのを現実に見る時にですね、私は思うんですよ、大石先生は本当は一体何を言われていたんかなあということを。

■(36頁)唯円は長いことそれに苦しんで、思い余って親鸞聖人に「こんな自分を一体どうしたらよいでしょうか」と訴えたわけです、そのとき親鸞聖人が何と言われたかというと「私は今までも今もこれからもずっとその不審のところに居る。唯円房も同じだったか。阿弥陀さんのお心をよくよく尋ねてみると、念仏しても虚しくなるような自分だということを阿弥陀さんは始めから知っておって、『そういうあんたを待っておるんだ』と呼んでくださっている。そういう自分のところに阿弥陀さんは居る。心配せんでもいいんだ」と、こういうわけでしょう。その時に唯円は、今までどうしても居ることができなかった不審の自分のところに親鸞聖人が先に居って「あなたもここに帰れ」と呼んでいてくださっていることに気づいて、始めてそこに帰ることができたんです。

唯円は親鸞聖人のそういう言葉を聞いて本当にびっくりしたと思うんですよ。今まで虚しさとか不安を否定して逃げ続けていた。ところがそこが阿弥陀さんと出遇う場所だった。そこが自分の帰り場所だった。そういうことに目が覚めたんですね。それでようやく虚しさや不安を抱えた自分に帰れたと思うんです。そういう自分を抜け出そうとしているけど、実はそこが帰り場所なんです。

■(36頁)そういう「()」の問題を話したら、同じくパネラーとして出席しておられたスリランカでしたか上座部仏教の高僧の方がはっきりと「そんなのは迷いだ」と言われたそうです。ポンと切って捨てられたそうです。まあ上座部から言ったら当然そうなるでしょうね。しかしその迷いが浄土真宗においては大事です。浄土真宗だけと言ってもよいでしょうね、それを大事にするのは。他では迷いは最終的にはマイナスなんでしょうけど、親鸞聖人においてはマイナスではないんですね。

■(36頁)阿弥陀さんが生まれたということはね、迷いがあるということです。両者は一つなんです。迷いがなかったら阿弥陀仏さんは生まれんかったんですね。

あくまでも道理で「諸行無常、諸法無我」となれたらいいわけでしょうけど、実際にじゃあそうなれるかというとなれんわけでね。そこが大事なんですね。やはりそういう身の事実にどこまでも随順してね一つになっていくということが浄土真宗の深さじゃないのかなって思うんですね。

https://sinkoji.xyz/wp-content/uploads/2019/09/【No9】「長生不死の神方」2017年(平成29年)1月24日発行「心光寺定例聞法会便り」第9号.pdf

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