■承元の法難をめぐる親鸞聖人の記述について 1207年に法然上人の吉水教団が、朝廷、及び奈良・比叡山の旧仏教徒達たちの手によって弾圧されるという事件が起こりました。かねてから、奈良・比叡山の旧仏教徒達は、法然上人門下の専修念仏者たちの行状は、世の中の風紀を乱し国家を揺るがしかねないものであるので停止すべきだと、しきりに朝廷に訴えていました。ちょうどその最中のこと、後鳥羽上皇が熊野神社行幸で不在中に、法然門下の住蓮と安楽が東山鹿ケ谷で催した念仏集会に宮中の女官数名が秘かに参加し、この内数名がそのまま出家してしまうという出来事がありました。帰京してこのことを知った後鳥羽上皇は激怒し、かねてから旧仏教徒側が主張していた専修念仏停止の訴えを取りあげて、住蓮、安楽、及び二人の女官、合せて4名を死罪にし、更に法然上人や親鸞聖人など7名を流罪にしたのです。世に承元の法難、あるいは建永の法難と呼ばれている大事件です。
親鸞聖人は、後にこの事件を取りあげて、『教行信証』「後序」に次のように書かれています。
「主上臣下、法に背き義に違し、忿を成し怨を結ぶ。」
普通この記述は、親鸞聖人が、吉水教団を弾圧した後鳥羽上皇やその家臣たちや旧仏教徒側を激しく糾弾する記述であると受け取られています。
ところが、高柳正裕師は、この記述に対して全く違う見方をされたのです。すなわちこの記述は、親鸞聖人が、後鳥羽上皇やその家臣達や旧仏教徒達の激しい怒りの振る舞いの中に、怒りの煩悩に翻弄されて苦しんでいる凡夫の姿を見て傷んでおられる記述だと言われたのです。『教行信証』「後序」の記述について、このような見方をされた方に接したのは始めてで、大きな驚きでした。
これに関連する事として、私は、かつてフェイスブックに次のような文章を投稿したことがあります。
■「京都アニメ放火事件」と青葉被告の言葉
「正使」あるいは「使」とは、煩悩の異名ですが、一体いつから、どのような理由で、煩悩の異名としてこの語が使われるようになったのでしょうか?その学問的な由来は全く知らないのですが、煩悩に振り回されて泣いた人でなければ、決してこのような異名はつけないだろうと感じるのです。すなわち、私はこの言葉に触れた時、煩悩に翻弄されている人間を悲しんで、そういう人間を久遠の昔からずっと呼び続けている如来の眼差しを感じたのです。呼び続けているといっても、外からではなく、私の内から、煩悩の底から呼び続けていると感じたのです。
かつて「京アニメ放火殺人事件」の初公判を報じる記事で、青葉被告が、「人生をもてあそぶ『闇の人物』の存在に苦しめられていた」と言ったという記事に触れた時、私はこの「正使」という言葉を思い出しました。犯行自体は勿論到底許されるものではありません。そのことははっきり申し上げておきます。あくまでもその上で感じたことなのですが、私は、青葉被告の中に、自分の煩悩に翻弄されている人間の姿を感じたのです。その点で私も何ら変りありません。人は誰も例外なく、自分では到底手に届かない底なしの闇を持っていると思わざるを得ません。(以上、(2025年9月5日Facebook投稿)
■高柳正裕師の談話メモより
これと併せて思い出されるのですが、かつて高柳正裕師が、次のようなことを話されたことがあり、私の印象に強く残っています。
「人間には、意志よりも深い、何ともならないものがあって、意志を超えている。そうすると、その人は、その人の存在を、やはり何ともならず苦労しているわけです。先輩方(直接的には嶺藤亮師を指しているが遡れば親鸞聖人等)は、何で自分を憎んでいる人に手を合わせられるかというと、その人に、煩悩に振り回されている存在を見てご苦労と感じておられたからです。逆に言うと、自分の葛藤をご苦労と受け取れなくて、煩悩だと退けているから、相手の煩悩も退ける。自分を受け取るということと、相手を受け取るということは同時です。」と。
私は、「京都アニメ放火事件」における青葉被告の「人生をもてあそぶ『闇の人物』の存在に苦しめられていた」という言葉に触れた時、高柳師のこの談話を思い出したのです。
この談話の中で高柳師が、嶺藤亮師が自分を憎んでいる人に手を合わせられたと述べておられることについては、少し説明が必要でしょう。
嶺藤亮師は、かつて真宗大谷派が改革派と法主派に分裂して激しく対立していた時期に宗務総長を勤められ、その後教学研究所所長を勤められた方です。高柳正裕師は、嶺藤師が教学研究所所長を勤められていた時期に、所員として嶺藤師の下で教学研究の仕事に従事しておられました。ちょうどその頃、ある問題である方々が、嶺藤師に対し激しい非難の声を浴びせるという出来事があったそうです。その時高柳師が、嶺藤師を擁護する言葉を嶺藤師に申し上げたところ、嶺藤師は、「いや、その人たちにはその人たちの、そう言わざるを得ない背景があるんだ。どんな人にもそこには背景があるんだ。」と言われて、憤慨する高柳師をなだめたそうです。その時、高柳師は、嶺藤師の中に、自分を憎む人たちに手を合わせられる姿を見られて感銘を受けたと話されたことがありました。先の談話で「先輩方は、何で自分を憎んでいる人に手を合わせられるか」と感銘を受けたと話しておられるのは、そのことを念頭において言っておられるのです。
また、親鸞聖人が、吉水教団を弾圧した人達を礼拝されたと述べられた事については、先に書いた「承元の法難に関する親鸞聖人の記述」のような親鸞聖人の態度を念頭において言っておられるのです。
私は、このような嶺藤師や高柳師の言葉を思い出す時、あらゆる人を「そのままに見る」如来の眼、法蔵菩薩の眼を感じずにはおられません。
(2025年12月2日、記す)