• 悩み多きわれら、親鸞の教えに「自身」を聞かん

法蔵菩薩の歌「光あり」

大石法夫・作詞

 大石法夫師は、京都大学を繰り上げ卒業となり、太平洋戦争に出征し、非情な特攻兵器であった人間魚雷「回天」の搭乗員となりました。死を覚悟していましたが、終戦により死を免れ、再び大学に復学しました。しかし、そのことが機縁となって、やがて仏門に入ることになりました。その後、38年間もの長い求道時代を経て、64歳の時ようやく道に出遇うことができたのです。
  師は、ご自身が出遇うことのできた世界を歌にして伝えたいと思い立たれ、「光あり」の歌詞を作られました。そして、その歌詞を、戦死した多くの戦友のことを想いつつ、予科練の歌のふしに託して歌われたのです。
  私は、この「光あり」は、阿弥陀仏が、法蔵菩薩となって、われら衆生と運命を一つにすることを誓われ、呼びかけておられる法蔵菩薩の歌だと、いつも感じます。しかし、残念ながら予科練のふしでは、今なお戦争に痛みを懐かれる多くの方々が居られる状況の中で、私にはどうしても歌うことができません。
  そこで、別な曲に替えて歌えないかと思い立ち、試行錯誤の末、「月の砂漠」のふしで歌うことにしました。今は、ご縁のある法座の終わりには、いつもこの歌を、「法蔵菩薩の歌ですよ」と呼びかけつつ、皆さんといっしょに歌うことにしています。
  次のPDFファイルは、そのいきさつについて、ある誌面に書いた文章です。

http://sinkoji.xyz/wp-content/uploads/2019/09/第七章法蔵菩薩の歌(光りあり)について.pdf