■この問題について、最近思っていることは、我々が南無阿弥陀仏を称えるというとき、その内面にどのようなことが起こっているかということについてです。
親鸞聖人は、『歎異抄』「第一章」の冒頭で、
「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。」(『真宗大谷派第二版聖典』767頁)
と述べておられます。このことについて思うのですが、我々が南無阿弥陀仏を称えるとき、称える前にまず称えようというこころが起って称えるわけですが、その称えようというこころが起ったことが、そのまま、久遠の昔法蔵菩薩が、宿業に喘ぐ我らを救おうとして願を起された願心が、長い時の隔てを超えて、今この私の中に、「念仏もうさんとおもいたつこころ」となって起こってきたということなのです。つまり、われらの宿業の身の中には、久遠の過去世に法蔵菩薩が、われらの宿業を放っておけずに、その宿業の渦中に飛び込んで、その宿業と身を一つにして、どこまでも運命を共にして歩んでいこうという願を起された―その法蔵菩薩の願心が流れているのです。その法蔵菩薩の願心が、長い間の時機純熟を経て、今私の中に、「念仏もうさんとおもいたつこころ」となって発起してきたのです。すなわち、久遠の昔に起こされた法蔵菩薩の願心と、今私の中に起こった「念仏もうさんとおもいたつこころ」とが、久遠の時間の隔てを超えて、今完全に一つのものとなって、私の中で成就したのです。
親鸞聖人は、
「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」(『真宗大谷派第二版聖典』783頁)
と、生活の中でつねに述懐なさっておられたということです。唯円大徳が、『歎異抄』「後序」の中に書き残してくださっています。よくぞ唯円大徳は、この言葉を書き残してくださったと感謝せずにはおれません。これによって我われは、親鸞聖人が生活の中で、折りに触れてつねに、「されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と述懐しておられたということ。すなわち、自分ではどうしても引き受けることができない自分自身の業を、法蔵菩薩が、「これが私であります」と名乗って生きてくださることによって、自分もようやくそくばく(たくさん)の業を持っている身を生きていくことができるのであると、深く感謝しておられたということを知ることが出来ます。
■私のことで言えば、私は、様々な人間関係や日々の出来事の中で、「今、ここに、こうして在る自分」をどうしても引き受けることが出来ず、それと一枚になることが出来ずに、日々生き辛さを感じながら生きています。それは妻も同じです。
妻は、私の所に嫁いできて四十五年になりますが、私との夫婦の関係や子どもの問題や舅との関係や御門徒との関係で、大変な苦しみや辛さを長い間抱えてきました。その妻が、先日あるご門徒さんの家にお参りに行った時、帰って来て、私にこう言うのです。
「今日〇〇さんのお内仏の前で『正信偈』を読んでいる時、自分がどうしても受け入れることができなかった私の現状を、『これが私であります』と名乗る声が聞こえたきて、びっくりした。それは、私の声ではなかったよ。」と。
妻の苦しみを嫌というほど知らされてきていた私にとって、それは実に感動的な告白でした。そして、妻の聞いたその声が、私の中からも聞こえてくるのを感じたのです。妻のその告白の言葉によって、私も、長い間悶々として受け容れられなかった自分自身の現在地を、「これが私であります」と名乗って引受けてくださる声が、私の中から聞こえてきたのです。そして、妻も言っていたように、それは私の声ではありませんでした。でも、今までの私からは出ない声ですが、実はこれこそが、私が久遠劫来見失っていて、どうしても出遇いたかった私の本当の声だということを、理屈抜きに感じることが出来ました。
■この実感は、それ以後、私にとって大きな喜びとなりました。そして、親鸞聖人が『歎異抄』「第三章」に述べておられる次の言葉、
「煩悩具足のわれらは、いずれの行にても、生死をはなるることあるべからざるをあわれみたまいて願をおこしたまう本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もとも往生の正因なり。」(本願寺出版社『浄土真宗聖典全書(二)宗祖篇』1055頁)
という言葉や、先ほど取り上げた親鸞聖人のつねのおおせ―「されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」―この言葉が、生きて聞こえてくるようになったのです。
■その『歎異抄』「第三章」の言葉について、妻の言葉を聞いて後に感じたこと書かせていただきますと、「煩悩具足のわれらは、いずれの行にても、生死をはなるることあるべからざるをあわれみたまいて願をおこしたまう本意」とは、私が「今、ここに、こうして在る」私の現在地(それを昔の先輩方は宿業という言葉で言い表してきたのですが)を、それがまぎれもない私の身の事実でありながら、自分ではどうしても受け止めることが出来ないのです。そのために長い間(その長さは久遠劫来の長さです)苦しんできたし、今も苦しんでいます。阿弥陀仏は、そういう私をあわれまれて、法蔵菩薩となられて、私の現在地である私の宿業の事実を、「それが私であります」と名乗って、私の中から生まれようという願いを起こされたのです。そのことを、「煩悩具足のわれらは、いずれの行にても、生死をはなるることあるべからざるをあわれみたまいて願をおこしたまう本意」と述べられているのだと思います。
また「悪人成仏のためなれば」とは、自分も、自分以外の回りの人々も拒否するような悪性の自分、みんなからのけものにされるような自分を、法蔵菩薩が、「それは私であります」と名乗って、私の主体となって永遠に生きてくださることをいうのだと思います。そういう法蔵菩薩が私の中に生まれてくださったことによって、始めて私は、自分を毛嫌いせずに受け止めて、黙って生きて行くことが出来るのです。
それから、「他力をたのみたてまつる悪人」とは、その自覚内容は、実は親鸞聖人が言われたところの「疑心の善人」「自力作善の善人」「邪見憍慢悪衆生」の自覚に外ならないと思います。その自覚が自分の中に生まれたということです。しかしそれは、法蔵菩薩が、「それが私であります」と名乗って私の中から生まれてくださったことによって、始めて私の自覚となることが出来たものです。そうでなければ、恐ろしくて、決して「それが自分であります」などとは言えないでしょう。
また、「もとも往生の正因なり」とは、その自覚内容こそが、摂取不捨の往生の内容なのだということです。往生の身を得たという実感は、その自覚内容のことをいうのであって、それ以外にはないということだと思います。
(註…大谷派の聖典では「もっとも往生の正因なり」となっていますが、本願寺派の聖典では「もとも往生の正因なり」となっています。底本の違いによるのですが、私には「もとも」の方が深く響いてきます。「もっとも」は、比較級の言葉ですが、「もとも」は、「それ以外にない」「唯一無二」という確信があらわれている言葉だと感じられるからです。)
■以上のことから、念仏と法蔵菩薩との関係は、中身において全く一つのことだと思います。
私は、「今、ここに、こうして在る」のですが、往々にして、自分のその現在地が、私の居り場所とならずに苦しんでいます。ところが、不思議なことですが、そういう私の中に、その私は全く変わらないけれども、その私よりも深い所から、「この現在地が私であります」と名乗るものが生れてきたのです。それは私の声ではありません。法蔵菩薩の声であり、それが私の中に生まれた念仏の声なのです。
藤原正遠先生の「いずこにも 行くべき道の 絶えたれば 口わりたまう 南無阿弥陀仏」という歌を思い出します。念仏は、私の声ではありません。私がどうにもならなくなった時、その私を破って、「この行き詰まった者が私であります」と、私の口を割って出てきてくださった法蔵菩薩の声です。それこそが、久遠の昔から私が本当に出遇いたかった本当の自分自身でした。出てきてくださって、そのことが理屈抜きに頷けます。私は、この自分自身に出遇いたくて人間に生まれてきたのでした。
■ところで、親鸞聖人が二十九歳の時六角堂で救世観音菩薩から受けた夢告。
行者宿報設女犯(行者が宿報にて設い女犯すとも)
我成玉女身被犯(我玉女の身となりて犯せられん)
一生之間能荘厳(一生の間能く荘厳して)
臨終引導生極楽(臨終に引導して極楽に生ぜしめん)
この四句の夢告。これは親鸞聖人の生涯を決定づける重要な夢告で、親鸞聖人は、それ以後九十歳で生涯を終えられるまで、観音菩薩から託されたこの夢告の告命(使命を託して命じること)を果たすべく生きられたのです。親鸞聖人の妻恵信尼も、親鸞聖人が亡くなられた時、娘の覚信尼に、「この四句の文は、これを見ればあなたのお父さんがどういう人として一生涯を生きられた人であったかということが現れています。ですから、この四句の文を、立派な字を書かれる人に清書してもらって、それを肌身離さず持ち歩きなさい。あなたの兄さん益方殿にも、同じように伝えてください。」(『恵信尼消息』「第四通」真宗大谷派第二版聖典767頁趣意)と書き送っているのです。いかにこの夢告の文が大事な文であるかということがよく伝わってきます。
この夢告の内容は、行者が宿報によって女犯という、行者であることがもはやできない重罪を犯してしまう時、我(観音菩薩ひいては法蔵菩薩)が汝の宿報(宿業)の身となって、汝が受けることが出来ない重罪を我が受けていく。そして、汝の宿業の一生涯を仏道を歩む一生涯に転ぜしめて、汝が命終る時、心の底から「生まれてよかった」と頷ける人生として完成せしめて、無上大般涅槃の世界へいたらしめる。すなわち、汝の一生涯を死で終らせず、永遠に法蔵菩薩の願心に生きる者たらしめる。―こういう法蔵菩薩の誓願を述べたものです。
観音菩薩(法蔵菩薩)は、この四句の文を述べた後、親鸞聖人に向って、「我はこの誓願を、宿報(宿業)に苦しむ一切衆生に伝えたい。我は汝にその使命を託する」と告命されるのです。親鸞聖人の一生涯をみれば、それ以後、この観音菩薩(法蔵菩薩)の告命の通りに命をかけて生きられた御生涯であったということがよくわかります。
すなわち、この夢告は、一般には『女犯偈』と言われていますが、この夢告の文は、行者の女犯の罪を宿報(宿業)ととらえています。すなわち、観音菩薩の眼は「宿報の身」に苦しむあらゆる衆生の悲しみを見ておられるのであって、女犯は宿報による行為の一つなのです。ですから、この夢告は『行者宿報偈』と呼ぶ方がふさわしいと私は思います。観音菩薩(法蔵菩薩)は、宿業に苦しむ三世十方の衆生の身に自らが成って、衆生と運命を共にして永遠に生きようと誓われ、その誓願の魂を四句の文に表されたのです。そして、この誓願の魂を人々に説き弘める使命を、若き善信(親鸞聖人)に託されたのです。
私は先ほど、私がどうしても自分の現在地(宿業)を受けることが出来ずに苦しんでいる時、私の中に「その宿業の身は私であります」と名乗りを上げてくださる声があったと書きましたが、それは正しく「我成玉女身被犯(我玉女の身となりて犯せられん)」と誓われた観音菩薩(法蔵菩薩)の名告りが、そういう声となって私の中に生まれてくださったと感じられ、感動するのです。その声が、南無阿弥陀仏の念仏の声だったのです。
南無阿弥陀仏 合掌 (2026年1月25日記す)